2009年06月08日

チャージ!〜ただいま充電中

通りがかりの廊下でのこと
ふだん決して甘えん坊さんではない
ある年長さんが
めずらしく
「だっこ」
とリクエスト。

どうぞどうぞ

だっこのリクエストには
なるべく無条件で応えたい
余分な言葉はいりません。

こんなとき思うのが
つくづく だっこって
“充電”みたいだなー
ということ

安心感の充電です。

しばらくだっこされて
満たされると
必ずまた
元気におともだちのところへと
帰っていきます
何事もなかったかのように。

そういえば
「10秒チャージ2時間キープ!」
なんてCMもありましたね。

たしかに
子どもたちが殺到(?)したときや
お片づけの時間が迫っているときには
ブランコ(「二十になったら代わりましょ♪」)
と同じように
数をかぞえて交代です。
子どもたちも約束を守って次のおともだちと
代わります。

だっこをせがむ子どもにも
いろいろ事情があることでしょう。
おうちに赤ちゃんが生まれたり
ご家庭のそのときの状況によって
おうちの人が手をかけれられないとき
あるいはまた
大人には見えない わからない
なんらかの満たされない気持ちが
「電池切れ」につながるのかも
しれませんね。

なかには
瞬間チャージ(!)の子もいます。
一瞬だっこされたら気の済む子や
おともだちと遊んでいたかと思えば
突然やってきて 顔をすりすりしたかと思うと
すぐにまた遊びに戻っていく子

「最速」は、腕や足にサッとふれて
充電完了!の子もいたりして…。

ところで―
冒頭の場面に戻ります。
だっこをしていると

ふだんだっこをよくリクエストする子
が近づいてきます。
「代わってー!」
とせがむかな と思ったら
だっこされているおともだちに
さっきつけてあげたピンをとりにきて
自分の頭につけて見せたかっただけでした。
羨ましがるようすもなく…。

でもほんとうは
その瞳の奥に
おともだちのために
今は自分のだっこをがまんしよう
という思いが
ほんのかすかに見えました。

友を思い遣るその心に
静かに感動…

だっこをめぐる子どもたちの
さまざまなふるまいと
思いのなかに

子どもたちの心の育みを垣間見る
そんな昼下がりでした。

さてさて
だっこしていた年長さん
ずいぶん充電に時間が
かかるようです。

どうなるかな

でも
ほどなく担任せんせいから
みんなを呼ぶ声が。
クラス活動のはじまりです。
それを聞くと
さっと降りて おへやのほうへと
駆けていくのでした。

こうして充電完了

それを見届けて
“白組”さんのおへやへと
ひとりあがっていく
園長先生でありました。



posted by 園長先生 at 18:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2009年05月25日

違いが分かる男の…

三輪車を押していたときのことです。

黙々とペダルを漕いでいた
ある年少さんが
突然 肩越しに振り向いて
「あんなー」と
私に話しかけます。

「どうしたん?」と
耳を近づけます。

その間もカラカラと
車輪は回り続けています。

「チャプレン先生のギターの音と違うなー」

何かと思えば
前のチャプレン先生と
私の弾くギターの音が
違う、ということでした。

音の違いを感じとっていたことに
驚きつつ

「…そうやなー。ギターも違えば、
弾く人も違うしなー。どちらが変わっても
ギターの音って変わるねんで…。」
そう答えました。

その答えを
聞いているのか
いないのか…

また黙々とペダルを
漕ぎ続けています。

三輪車という乗り物
しかも大人に押されながらです。
でも、肩越しに話しかける様や
朴訥なそのもの言いが
ある意味
やけに大人びていて
内心
小さく吹いてしまいました。

私の頭のなかに
あのコーヒーのCMソング
が流れはじめたのは言うまでもありません。
♪ダバダ〜…





posted by 園長先生 at 14:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2009年05月11日

こいのぼりと「登竜門」

よく晴れて
風のそよぐ日には

園庭のこいのぼりが
気持ちよさそうに
青空を泳いでいます。

でも

ある日
小雨が降ったので
年長さんの先生が
こいたちを
降ろそうとしたのですが

ロープが絡まって
動かなくなってしまいました。

先生と
一本ずつロープを持って
直そうとするのですが、
なかなか解けてくれません。

そうしているうちに

「せんせい、がんばれー」

の声が 背後から…。

「ありがとー、がんばるよ」

そう答えてさらに続けます。
すると
「がんばれ」の声がさらに
大きく

いや
多くなってきます。

みると

いつの間にか
テラスには20人ほどの
子どもたちが集まり
声援を送ってくれるのでした。

応援する気持ちが
すでに育っていることを
思い

こいのぼりに託された
親の願いに
思いを馳せました

こいのぼりの習慣は
江戸時代くらいまで
さかのぼるそうです。

その背景には
黄河上流にある
竜門の滝を
泳ぎ登ることのできた
鯉だけが
昇天して
龍になることができる
という
登竜門伝説があるようです。

ひとを思い遣り
応援できることは

ひとまわり大きくなるための
登竜門。

その「滝」を登りきった
まだ小さな鯉たちの

いやまだ金魚かな…

その姿に

こいのぼりに
込められた
思いの充溢をみました。

え?

絡まったロープはどうなったって?

結局その時は解くことができず
みんなの降園後
再挑戦。

もっぱら
年長せんせいの執念で
ロープは解けて
無事コイたちを
「回収」することが
できました。

posted by 園長先生 at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年05月01日

おとめちゃんのキモチは…

ある日のことです。
何人かの園児の相手をしていると
別のところからいきなり
バシッとほっぺたを叩かれました

逃げてゆく姿をみると

年少さんのおともだちです
どうして叩くのかな
すぐに事態は飲み込めました。

私も相手にして!
の気持ちが
叩く という行動になったのでした。

このおともだちは
ほかの場面でも
園長先生にかまってもらいたいけれど
はずかしくなってしまってうまく伝えられません
こちらが察して近づくと
これもまたかえって はずかしくなり
逃げてしまいます

近づきたいけど近づけない
あちらから来られると逃げたくなる…
おとめちゃんなのですね

どんなに小さな女の子でも
ある意味で立派な“レディ”だと思います
その おとめな心は尊重したい

でも

理解はできても
その気持ちにどれだけ理解を示せても
男性である私が
その気持ちに直接寄り添うことは
むずかしいことです

そんなときは

先生の出番です。
年少さんの先生は その子を抱っこして
気持ちを受けとめ やさしく声かけします。

受けとめられたことを実感したその子は
素直になることができました。
先生にうながされて
ほんとうは園長先生に遊んでほしかったこと
叩いてゴメンナサイのことを
伝えることができました。

園長先生おこってないよ その気持ちわかるからね。

おとめちゃんの
アンビバレントな感情を
受けとめることができるのは
幼稚園では

先生方だけなのです!


posted by 園長先生 at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年04月28日

まねしたかったのね

雨上がりの園庭です。
いくつかの水たまりができています。
そのうちの小さな水たまりで
年少さんのおともだちがひとり
カップで小さなバケツに水を汲みだしています。
水たまりのおそうじありがとうね。

そうしているうちに
シャンシャン…
鈴が鳴りました。
お部屋に入る時間ですよ。
でも いっこうに気にもとめず
汲みだしをつづけています。
こういうときって
無理にやめさせようとしても
かえって逆効果ですよね。

ふと思いあたることがありました。

大きいバケツをよそからもってきて
「こちらのバケツに水をあけてね」。
すると 小さなバケツにためていた水を
大きいバケツに入れてくれました。
これで作業は完了。お部屋に入ってくれました。

じつは1時間ほど前に
年中や年長のおともだちの何人かが
大きな水たまりの水を汲みだしてくれていたのです。
その子たちが小さなバケツにいったんためた水を
園長先生が大きなバケツに回収
外の排水溝に捨てに行っていたのです。

そのようすを見ていたんですね。
そして おにいさんやおねえさんの
まねをしたかったんですね。

まねをすることは成長の第一歩。
○○のようになりたい
あこがれをもってそれに近づこうとすることのうちに
ひとまわり大きくなる芽があるのだと思います。

それから

大人でいえば
「おとしどころ」と言うのでしょうか。
大人だって引くに引けなくなることがあります。
「代案」が必要なときもあるでしょう。
水たまりそうじをしてくれた年少さんのおともだちも
自分でもどう終わらせたらいいか
分からなかったのでしょう。

「おとしどころ」はちょっと大人の言葉すぎます。
なので 「うけとめどころ」というのでしょうか
気持ちの矛先を ふさわしいところへ向けることが
その子の思いを受けとめることにつながることがあります。

ものごとによっては必要な場合がありますが
シャットダウンが逆効果なときがあります。
そんなときは「うけとめどころ」を見つけること
それができるといいな と思ったひとコマでした。

posted by 園長先生 at 10:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2009年04月21日

ほんとうだったのね

休日のことです。

よく晴れていたので ふと思いたって 

鴨川の川べりでお昼ごはんを食べることにしました。

近くのお店でお弁当を買って

木かげで景色を楽しみながら食べはじめました。

上空にはとんびも旋回して いい昼下がりだなー

すると突然

バサッと音がしてお弁当のおかずがはじけとびました。

ほんの一瞬目の前が真っ黒、いや茶色(?)になって…

なんと私のお弁当のコロッケを狙ってとんびがお弁当を

つついたのです!

とてもびっくりしましたが

「とんびに油揚げをさらわれる」って本当だったんだ!

と妙に納得…。

その日のコロッケはふつうのものより薄くて大判で

ちょうど油揚げみたいだったのです…。

ちなみに 隣にいた妻にも接触したようで

「なんかいきなり座布団みたいなもんが頭にあたったわ」と

とんびのどこが当たったのでしょうか…。

もちろんいっしょにいた娘も、教会実習に来ていた実習生も

おどろいておりました。


あの言葉って ほんとうだったのね

ということが 時折あります。

10年ほど前に猫を飼いはじめたときにも

そういうことに いくつか気づかされました。

「ねこふんじゃった」という歌詞があります。

俊敏なネコをどうやって踏むねん

と若い頃は思っていました。

でも、ある日台所で食器を洗っていて

左に一歩移動した瞬間

「ギャッ!」と足元から声が…

いつの間にか私の足元でネコが寝そべっていたのです。

そのネコを まさに「ふんじゃった」のでした…。

それから

「逆撫でする」という言葉があります。

ネコのブラッシングをしていたときのこと

うっかり毛並みと逆に手を動かしてしまい

やっぱり「ギャッ!」と怒らせてしまいました。



そんなはずない

と思いこんでいたり

意にも介さなかった

あの言葉は本当だった!ということがあります。


子どもたちの言葉のなかにも

そういう言葉があるかもしれません

そんなはずが…

と思うようなことでも

じっくりと耳を傾けると

新鮮な「発見」に出会えるかもしれませんね。


…ところで

もしかしたら とんびに気をつける

というのは地域の方々にとっては

常識かもしれません。

それにしても

鴨川でお弁当を食べるときは

どうかとんびに

お気をつけください

とくに油揚げのような形のおかずにはね…





posted by 園長先生 at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年04月14日

みて みて

園庭や保育室で子どもたちと過ごしているといっせいに「みて 

みて!」の声がかかります。おうちでもそうだと思いますが、

「なわとびケンケンでとべるよ」とか「積み木いっぱい積んだ

よ」というのを見てほしいのですね。

きっと、見てもらうことで自分の存在が受け容れられているのを

確認しているのでしょう。

まなざしは愛情と切り離すことができません。

聖書でも「見る」は、「知る」と同じように、愛情の関係と不可

分です。さらに、「ひとみのようにわたしを守り、み翼の陰に隠

してください」(旧約聖書:詩編17編8節)という一節もあり

ます。ここでは神の民が「ひとみ」にたとえられています。

日本にも、子への親の愛情を「目に入れても痛くない」とあらわ

しますが、少し似ていますね。

神さまは、ひとみのように、傷つきやすい神の子たちを大切にし

てくださるのです。

ひとみのように子どもたちを大切に守り、愛情にあふれたまなざ

しを向けて、幼いひとたちの「みて みて!」に応えていきたい

と思うのでした。
 
posted by 園長先生 at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

ブログはじめました

入園・始園式からもう一週間になろうとしています。

今日は一日雨…。でも、これだけ暑い日が続いたあとなので、涼

しくもあり、心なしか草花たちもうれしそうです。


…少しおそくなってしまいましたが、新園長によるブログをスタ

ートしたいと思います。近日中には「園長だより」(こちらは刷

りものです)をお届けできると思います。そちらもどうぞお読み

ください。


…私が子どもの頃、夏が近づくと近所のうどん屋さんの軒先に

「かき氷はじめました」の暖簾(というのでしょうか)がかかり

ました。冬になると(なぜか)パン屋さんに「おでんはじめまし

た」の暖簾が…。どちらも近所の子どもたちの集まる楽しい社交

の場でもありました。


幼稚園もそんな、園が開くのを楽しみに子どもたちが集まる場で

あってほしいなあ…。

休みあけの幼稚園にも、「幼稚園はじめました」の暖簾をかけよ

うかしら…。








posted by 園長先生 at 14:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2009年02月23日

絵本はことばの泉

2月も終わりを迎え、春の足音が聞こえる頃。

幼稚園の中では、卒園や進級に向けて、期待と不安、嬉しさと寂しさが交差しています。


先日、ある絵本編集者のお話を聞く機会がありました。

子どもが一番最初に聞くのは、お母さんの声。

赤ちゃんは五感を通してお母さんの声を聞いています。

大好きなおかあさんが読んでくれる、絵本。

絵本の中はことばの泉です。


絵本を読んであげることの中で、こどもの中に豊かな言葉の世界

が形成されてくる大切さを話されました。



「私達はことばを母からもらいました。

そして母から命をもらい、器としての身体をもらい、その命を支

えることばを与えてもらったのです。」



ことばは生きる力となり、私達の中に息づいています。


忙しさに負けてしまっていませんか?

子どもが寝る前の 2人きりの時間。

家事が一段落した 夜の時間に。

子どもと一緒に 絵本を楽しみましょう。

絵本は大人が子どもに 読んであげるもの。

読んでもらうことで、大好きなお母さんと一緒にいられる、最高

の時間になることでしょう。
posted by 園長先生 at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年01月26日

素直になること

1年中で1番寒い時です。北風に負けず、子ども達は凧揚げや、マラソンをしてこの季節を楽しんでいます。

1月の始め、中学生3名がチャレンジ体験にやってきました。

その中の一人の生徒から、こんな手紙を貰いました。

とても嬉しい手紙だったので 紹介します。


「今回のチャレンジはとてもすばらしい体験になりました。

僕は正直小さい子が苦手でとてもいやでした。でも下鴨幼稚園の

みんなが先生、先生と何回も呼びとても仲良くしてくれたので 

僕は小さい子と遊んだりする事も楽しいと思いました。多分、僕

は本当は子供が好きなのに 変なプライドがあるためか あまり

子供が好きじゃないと言っていました。でも今回のチャレンジで

幼稚園のみんなから素直になるというのを学んだかもしれませ

ん。幼稚園のみんなは自分の思った事や言いたい事をとても素直

に言っていました。だから僕もみんなの素直なところを見習って

素直になりたいと思います。でも素直に物事を言うだけじゃ中学

生らしくなくなるので ケジメをつけつつ素直になりたいと思い

ます。………本当にありがとうございました。……」


幼稚園の子供たちが あるがままに過ごしていること。

子供たちの存在が 神さまに祝福されたものであること。


素直な心を いつまでも持ち続けて欲しい!

友達、家族、動物、草花、命あるすべてのものに!

素直な気持ちでいたら きっと素晴らしい世界になるでしょう。
posted by 園長先生 at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記