2012年09月01日

いっしょによろこんで!

昨日で今年の夏期保育も終わり

いよいよ来週からは2学期です。

子どもたちの夏休みの思い出を聞くのが

いまから楽しみです。

さてさて

夏休みに幼稚園ではこんなことがありましたよ。

それはお休みに入る数日前にさかのぼります。

今や一匹だけしかいない水槽のメダカの姿が

見当たらない、と先生方と不思議がっていました。

死んでしまったのなら浮いてくるはずなのですが

それがありません。もし浮いていたら子どもたちも

大騒ぎですが、それもありません。

猫が獲ってしまった? 水槽のなかから誤って飛び出した?

でも、その可能性はなさそうです。ではなぜ…???

謎は解けないままでしたが

水槽の水を抜く気にもならず、

夏休みに入っていきました。

とそんな土曜日のこと。

翌日の礼拝の準備で水槽の前を通りかかると

小さな泡がいくつか浮いてきたのが目の端に映りました。

そこでふと水槽をのぞきこむと…

「えっー!!」と思わず声をあげてしまいました。

いるじゃないですか、メダカちゃん!!

どこにいたんだろう、と、しばらくそっと観察していると、

水底のくぼみのところでジッとしはじめました。

…なるほど。確かに、ここならなかなか外から見えません…。

この喜びを誰かと分かち合いたい

というのと

知らずに水槽の水を抜くことになったら大変

というのとで

すぐに飼育担当の年中せんせいに電話をすると

年中せんせいもびっくり仰天!

電話を通してふたりともテンションあがりまくり

でありました。

後日には他のせんせい方とも分かち合いました。

この小さくて大きな出来事に

イエスさまのたとえ話を思い出しました(ルカ15章)。

ここには3つのたとえが連動して出てくるのですが、

一つ目は失われた羊が見つかるお話、二つ目が失われたコインが見つかるお話、
そして三つ目が「放蕩息子」で有名な、失われた弟息子が見つかるお話です。

いずれも見つけたひと(それぞれ「羊飼い」、「女」、「父親」)が、

「いなくなったのに見つかったのだ! 一緒に喜んでほしい!」

と、周りの人びとと喜びを分かち合うところにクライマックスがあります。

神さまはこのように、わたしたちを“発見”し大いに喜んでくださる、

というのが聖書のメッセージです。

そんな神さまの気持ちが

ほんの少しだけ

わかった気がします。

わたしたち一人ひとりが

たとえ失われたような存在であっても

あの方に見つけられ 喜ばれている

そんな祝福された存在なのだ

という思いを新たにし

この「良き知らせ」を

また子どもたちに

いろんなかたちで

伝えていければ

と思ったのでした。





posted by 園長先生 at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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